B:空飛ぶ大蜥蜴 アスワング
草原の外から来た商人が、道中で、空から飛来した魔物に襲われたというんだ。最初、皆はヨルかモー・ショボーのことだろうと、話していたが、商人は「空飛ぶ大蜥蜴」だったと言う。
そんな馬鹿なと、誰しもが思ったさ。
だが、それ以降、次々と目撃情報が入ってね。異国の商人が名付けた「アスワング」という名で、今では知られる存在となっているんだ。
~クラン・セントリオの手配書より
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ショートショートエオルゼア冒険譚
霊災が及ぼす影響には即効性のものと遅効性のものとがある。
例えばアジムステップの北部には険しい山脈が連なっている。この山脈ははるか昔に起こった霊災により隆起して出来たものでそれ以来この山脈地帯全体が溶けることのない永久凍土とその標高から植物も生えない不毛の地帯となっていた。地形が変わる事でその影響が直後から始まるこれがいわゆる即効性のある影響といえる。
そのずいぶん後に起こった第七霊災によって今度は気候変動が起き、標高の高い部分は永久凍土となったままだが比較的標高の低い部分は一年の半分ほどの期間は凍土が溶けだして土の大地が顔を出すようになった。これが遅効性の影響といえる。
その遅効性の影響がもたらした凍土の溶解は山脈が隆起した際に出来たクレバスを埋め尽くす氷をも溶かした。その氷の解け切ったクレバスの中で彼は目覚めた。
最後に覚えている光景は、急速に隆起してくる大地と天から降る火の玉だ。予想もし得なかった上と下から迫る脅威に全力で逃げたが急速に隆起する大地に飲まれそこで記憶は途絶えていた。何が起こったのか分からないが、この激しい空腹感は生きている証だ。彼はひとまず自分を責め立てる胃袋を宥めるために綺麗に折りたたまれていた翼を力いっぱい広げてみた。大丈夫、翼は無事のようだ。試しに数回羽ばたいた後、クレバスの間から見える空を目指して彼は飛び上がった。
アジムステップの西端に再会の市という市場を中心とした集落がある。再会の市はケスティル族が仕切る青空市で、食料品から日用品までなんでも揃う。部族ごとに細かく分かれてしまったアウラ・ゼラが、ここではひとつに戻ろうとの願いから名付けられているそうだ。
最初に被害に遭ったのはヤンサからこの再会の市を目指していた野菜売りの商人で、再会の市へ向かって草原を横断しているときに空から襲撃されたのだという。再会の市の顔役コトタによれば、みんなヨルやモー・ショボーに襲われたんだろうと商人の話を信じなかったが、被害者の商人は空飛ぶ蜥蜴だったと最後まで言い張っていたらしい。今となればそれが嘘でなかったことははっきりしているが当時は誰も信じてくれなかったようだ。その後も何度も行商の商人や旅人が襲われ、運んでいた荷物を奪われ再会の市を目指す行商人の間では「アスワング」と呼ばれるようになった。そしてアスワングのお陰で再会の市は遂に行商人からは敬遠され、商品の仕入れにも支障をきたす様になってきたのだという。
「荷物しか狙わないんじゃ、リスキーモブとしては可愛いもんだね」
たまたま再会の市からヤンサへと戻る商人のキャリッジに乗せてもらい荷台の最後尾に並んで座り足をぶらぶらさせながら相方が言った。
「まぁねぇ、でも商人の往来が途絶えて仕入れも出来なくなっちゃったら再会の市は干からびちゃうよ」
「そっか、人を狙うのと結果は同じか…」
草原の道はくねくねと曲がり、途中川をいくつか渡る。キャリッジの向きが変わると草原に沈んでいく大きな太陽が見えた。アジムステップにはなんら思い出はないのに何故か懐かしいような、夕日はそんな切ない気分にさせる。そして遠くの山間に太陽が沈むと、周りに明りのない広大な草原の上には屑籠をひっくり返したような、それこそ数が多すぎてそこにある星座が読み取れない程星が空を埋め尽くす幻想的な夜空が広がる。ほとんど絶え間なく話しているあたし達もこの時ばかりはその美しい夜空を黙って見上げていた。
「ん?」
結構な時間空を見上げていると、保護色になりよく見えないが暗い夜空を黒い影が飛んでいるのに気が付いた。
「来たかもよ」
目を凝らしながらあたしは言った。
「どこ?どこ?」
ミッドランナーの相方は夜目が利かず見つけられないようだ。あたしは指さしながら見失わないように集中した。
「くるよ!」
黒い影は少し貯めを作る様に滑空しながら向きを変えると急降下で襲い掛かってきた。あたしはまだ発見できていない様子の相方の腕を引っ張って荷台に伏せた。と、同時にキャリッジの幌が切り裂かれてバラバラに飛び散った。行商人はキャリッジを止めると四つん這いになって慌てて荷台の下に潜り込んだ。あたしは積んであった松明に火をつけると骨だけになったキャリッジの幌の脇に差した。辺りが明るくなり相方にも敵が視認できたようだ。
こちらを値踏みするようにバサバサと翼を鳴らして旋回しながら見下ろす奴をみて相方が言った。
「なるほど、蜥蜴というよりは恐竜ね」